◇秋日詠懐
◇客中聞鵑
◇寒夜旅懐
◇関宿旅懐
◇上高地銷夏
◇月下沙漠
客裏逢秋夜幾更 客裏 秋に逢い 夜 幾更ぞ
帰心難遣睡難成 帰心 遣り難く 睡 成り難し
牀前起坐向明月 牀前に起坐し 明月に向かい
獨詠懐郷遠別情 独り詠ず 懐郷 遠別の情
意約 旅先の秋、夜何時ごろだっただろうか、日本に帰りたい気持ちがどうしようもなく、夜も眠れなくなってしまった。起き上がって枕元に坐ると、中秋の名月が上がっている。(日本でこの月を見ているかもしれない)家族のことを考えると、故郷に対する思いと家族と離ればなれになっている感情がわいてきて、その気持ちを一人詠じるのであった。
50歳をすぎてから東欧のB国に赴任した時のことを思い出して作詩しました。首都の都心の地下鉄の延伸事業に、日本の政府開発援助をつけることの可否を審査するための調査で、10人ぐらいのチームで仕事をしました。若いときに米国に一か月ほど出張したときは、何も感じなかったのですが、この時は少しホームシックになりました。
中秋とは、陰暦で八月十五日のことですが、十五夜の月は必ずしも満月とは限りません。月の公転軌道は楕円なので、速度が一定ではないのが主な原因です。しかし今年の中秋(九月二十九日)は、たまたま満月と一致しています。
破窗月冷睡難成 破窓 月冷やかに 睡成り難し
客裡無聊暗恨生 客裡 無聊にして 暗恨生ず
独夜幾年何日返 独夜 幾年 何れの日にか返らん
鵑聲頻起望郷情 鵑声 頻りに起こす 望郷の情
(註一) 無聊=何となく気が晴れない
(註二) 暗恨=自分だけの心に秘めている愁い事
令和四年四月 光琇
意訳 壊れた窓から見える月は冷ややかでなかなか眠りにつけない。旅先で気持ちが晴れず、なんとなく愁いがこみ上げてくる。一人の夜がもう何年続いたことだろうか、いつになったら家族のいる家に帰れるのだろう。そんなことを考えていると、ホトトギスの声にも望郷の情がかき立てられる。
50歳を過ぎてから東京に単身赴任となり、初めて関西を離れて生活することになりました。単身赴任は旅ではないですが、これを旅と見立てて作詩をしてみました。今まで関西の客先のもとで仕事をしてきたので、人的ネットワークがほとんどない状態でしたが、幸いだったのは、大学の同窓生が結構関東の役所や関連会社で要職についていることでした。彼らを巻き込んで、飲み会やゴルフ・コンペの幹事をしながら人脈を広げることができ、このときばかりは同級生や先輩・後輩人脈の有難さがよくわかりました。
しかし、私生活では、何から何まで自分でしなければならないので、5年を過ぎたころから、そろそろ関西に戻りたいと思うようになってきました。もちろん、東京で一緒に仕事をしている社員に、そんな気持ちを悟られないように気をつけましたが。
かなり前の事ですが、冬の寒い時に滋賀県の片田舎に行き、夕方になって、なぜかお寺に泊めてもらうことにしました。旅館やホテルを予約できなかったからか、一度お寺にとまってみたいという好奇心からか、理由についての記憶は定かではありません。前後の記憶がとんでいる中で、広い部屋で、夜が寒くてなかなか眠れなかった記憶だけがしっかり残っています。世間のわずらわしさから逃れることができても、一人旅の侘しさからは逃れることができなかったのです。
滋賀県は周知のように、わが国最大面積の琵琶湖があります。琵琶湖は近畿の水がめであるだけではなく、滋賀県の観光資源にもなっています。また、琵琶湖周辺には、世界遺産である延暦寺や国宝の彦根城などの名所旧跡がぎっしりと詰まっています。京阪神地域から近く、また名神高速道路やJR東海道本線が県内を縦貫しており、アクセスがしやすいのも滋賀県の魅了です。
欲逸紅塵入異郷 紅塵を逸れんと欲して 異郷に入り
漫尋古刹宿僧房 漫ろに古刹を尋ね 僧房に宿す
孤懐何事眠難就 孤懐 何事ぞ 眠り就り難く
風霰聲中頻感傷 風霰 声中 感傷頻りなり
令和四年二月 光琇
意訳 日常のわずらわしさから逃れようとして異郷に行き、なんとなく古いお寺を尋ねて僧房に宿泊した。ところが、どうしたことか一人旅の侘しさが眠りを妨げ、風とあられの壁に打ちつける音の中、頻りに心を痛めるのであった。
古色蒼然投宿街 古色蒼然たり 投宿の街
郵亭風物興無涯 郵亭の風物 興 涯無し
往時絡繹茫如夢 往時の絡繹 茫として夢の如し
破壁寒燈愜旅懐 破壁 寒燈 旅懐に愜う
(註) 絡繹=人馬が行き来して往来が絶えないさま
令和四年二月 光琇
関宿は古代から交通の要衝であり、古代三関のひとつ「鈴鹿関」が置かれていました。江戸時代は、東海道53次の江戸から数えて47番目の宿場町として、参勤交代や伊勢参りの人々などでにぎわいました。現在、旧東海道の宿場町のほとんどが旧態をとどめない中にあって、唯一歴史的な街並みが残ることから、1984年、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。
大阪側から鉄道で行ったのですが、JR京都線の草津駅でJR草津線に乗り換え、柘植駅でさらにJR関西本線に乗り換えて関駅で降りました。草津駅からはローカル線なので、スピードが遅く本数も少ないので時間がかかります。新名神の亀山ICで降りて国道1号で行くのが正解でした。
意訳 私の宿泊した関宿は、古い宿場町の雰囲気を残しており、旅籠の風物にも興味が尽きない。かつて参勤交代などで人馬が行き来して賑わったことだろう。そんな様子がぼんやりと夢のように脳裏に浮かぶ。古びた壁や寒燈は旅の思いとして心地よい。
上高地は美しい自然の中にあり、特別名勝かつ特別天然記念物に指定されています。上高地といえば、桂川に架かる河童橋とそこから眺める穂高連峰をイメージします。これ以外にも、大正池や田代池・田代湿原などの水鏡もパワースポットといえるでしょう。
上高地を旅した時はすでに初夏でしたが、穂高連峰にはまだ雪が残っており、雄大な自然の中で旅の疲れも癒されました。もう一度いってみたい場所のうちのひとつです。
避暑獨尋湖岸頭 暑を避け独り尋ぬ 湖岸の頭
風含淡靄汗珠収 風は淡靄を含み 汗珠収まる
連峰殘雪忘長夏 連峰の残雪に 長夏を忘れ
林下溪聲洗旅愁 林下の渓声に 旅愁を洗う
令和二年六月 光琇
意訳 暑さを逃れて一人で湖岸を訪れると、湿った風で玉の汗がすっと引いた。穂高連峰を見上げると、まだ雪が残っており、一瞬、夏の盛りであることを忘れ林、の中を流れる谷川のせせらぎで、すっかり一人旅の愁いが洗われた。
海濱十里作沙丘 海浜十里 沙丘を作し
遙夜沈沈炎暑収 遥夜沈々 炎暑収まる
月照淡煙駝上客 月は照らす 淡煙 駝上の客
無言雙影誘邊愁 無言の双影 辺愁を誘う
(註) 辺愁=かたいなかや国境地方にいるために生じる
もの悲しさ
令和元年五月 光琇
童謡「月の沙漠」の光景を漢詩にしました。月の沙漠の詩は、大正から昭和初期にかけて挿絵画家として人気を博した加藤まさをが発表し、これに佐々木すぐるが曲をつけました。童謡の舞台は、千葉県御宿町の御宿海岸といわれています。そこには、月の沙漠記念館が建てられており、その近くには、二頭のラクダにのった王子と姫をあしらった像があります。
「月の沙漠でラクダにのった二人を月が照らしている」光景の写真にしたかったのですが、そうなると、御宿海岸に行かなければならないので、とりあえずは、ラクダも月もない写真になってしまいました。将来、御宿町に行く機会があればそんな光景の写真を差し替えることにします。
意訳 どこまでも続く海辺の砂丘の中、長い夜がしめやかに更けて、やっと炎暑が収まってきた。月は淡いもやに煙るラクダに乗った旅人を照らし、その無言の2つの姿は辺境の物悲しさを誘ってやまない。